第四章「忘れられし者達の残響」-Echoes of the Forgotten-
キリマンジャロの山頂へ続く道は、どこまでも険しかった。
空には黒雲が垂れこめ、雷が空を引き裂き、大地を震わせる。
吹き付ける風は骨の髄まで冷たく、岩肌を削るほどの荒々しさ。
それでも、マンジャロとランカは足を止めなかった。
チャガの民から贈られたネックレスが、淡く光を放ちながら二匹を導くように揺れている。
「ここに……私たちの答えがあるんだね」
ランカが呟いた。
「あるはずだ。怖くても、進まなきゃいけない」
マンジャロは震える足を踏みしめ、前を見据える。
その瞬間——
足元から光が溢れ、二匹を包み込んだ。
視界が歪み、音が遠ざかる。
身体ごと何かに引き込まれるように、二匹の意識は深く沈んでいった。
目を開けると、そこは——
空に浮かぶ神々の宮殿。
壮麗で荘厳な神殿の中央に立つのは、神の姿となったマンジャロとランカ。
白銀の毛並みは神々しいまでに輝き、背には神の紋様が刻まれている。
しかし、その表情は冷酷だった。
跪く神々を見下ろし、恐れおののく者たちを嘲笑う。
光を操り、無慈悲に神々の国を焼き尽くす。
逃げ惑う者たちを追い詰め、絶望の中に沈めていく。
「これが……私たち……?」
ランカの声は震え、耳を塞ぐように頭を抱えた。
次々と流れ込んでくる記憶。
血に染まる神々の都。
反逆者だけでなく、無力な者たちまでも消し去る冷酷な神々。
——暴君ランカ。
——狂犬マンジャロ。
二匹に刻まれた忌まわしい名。
「嘘だ……こんなの、嘘だ……!!」
ランカは泣き叫びながら崩れ落ちる。
「俺たちが……こんな……」
マンジャロの手も震え、全身から力が抜ける。
信じたくない。
でも、あまりにもリアルな記憶。
二匹の心は、容赦なく絶望に塗り潰されていく——。
***
時は少し遡り---
マンジャロとランカが眩い光に包まれ、忽然と姿を消した直後。
「マンジャロ!!ランカ!!」
ヴェルは泥だらけの体で何度も叫んだ。
「どこ行ったんだよ……!!」
ボロボロの体を引きずりながら辺りを探すヴェル。
その隣で、ホークも千里眼を使って空を見上げていた。
「……見えない。二匹の姿も、気配も……どこにもいない」
ホークの低い声に、ヴェルは拳を握りしめる。
「こんなとこで終わってたまるかよ……絶対見つけてやる……!!」
その叫びが、静寂に響いた時——
「そこのあんたたち、何してるの?」
森の影から現れたのは、全身泥だらけのココペリと、目を真っ赤に腫らしたチムニーだった。
「……誰だ!?」
ヴェルが身構える。
「こっちのセリフや。マンジャロとランカはどこ?あんたたち、何か知ってるんちゃう?」
ココペリは冷静にヴェルとホークを見据えた。
「……あんたら、マンジャロとランカの仲間?」
ホークが問いかける。
「仲間?ちゃうわ、家族や。あいつらは、うちらの大事な大事な……」
ココペリが言いかけた時、チムニーが小さく頷いた。
「この人たち、マンジャロたちと一緒にいた子や」
「……そうなんか?」
ココペリは鋭い目を緩めると、静かにヴェルに近づいた。
「なら、うちらも一緒に行くわ。マンジャロとランカを探しに」
「え……一緒に?」
「当たり前やろ。あいつらのために、うちらにできること、全部やる」
その言葉に、ヴェルの目に涙がにじんだ。
「……ありがとう……!」
「礼はいい。でも急がなあかん。ホーク、あんた千里眼持ってるんやろ?どっちに行ったか見えへんの?」
「……薄くだけど、光が……あっちだ」
ホークが指さす先に、うっすらと光が漂っている。
「なら決まりや。行こか!」
ココペリの声に、チムニー、ヴェル、ホークは力強く頷いた。
こうして、二組は手を取り合い、共にマンジャロとランカを追う旅に出た——。
***
時は再び現在へ——-
流れ込んできた記憶に打ちのめされ、立ち上がる気力すらなく、うずくまるマンジャロとランカ。
そこへ、静かに4匹の影が近づいてくる。
「二人とも、何してるの」
ココペリの冷静な声が、優しく響く。
「うちら、どこまでも一緒や言うたやん」
チムニーが泣きそうな笑顔で、そっと声をかける。
「置いてくなんて、許さないからな!」
ヴェルは必死に強がりながら、拳を握る。
「大事な仲間を迎えに来ただけだ」
ホークの澄んだ瞳が、二匹をまっすぐ見つめていた。
涙に滲んだ視界の中、そこにいたのは——
何よりも信じたい、大切な仲間たちだった。