第七章「約束の再会」―The Elder’s Oath―

燃えるような夕陽が、キリマンジャロの尾根を赤く染めていた。
崩れかけた空の裂け目は、すでに閉じつつあり、その痕跡だけが空にうっすらと残っている。

まんじゃろは、その場にひざをつき、空を見上げていた。
ランカが連れ去られたあの瞬間が、幾度も脳裏をよぎる。
彼の背には、すでに“神の紋章”が浮かび上がり、まるでその存在を示すかのように淡く光っていた。

「……まだ、足りないんやな……」 まんじゃろは小さく呟き、拳を握る。

その時だった。

「変わらぬな、おまえの瞳は──」

風の音に紛れて聞こえたその声に、まんじゃろはハッと顔を上げた。
霧の中、一本の杖をついた影がゆっくりと歩みを進めてくる。
白髪に長い髭、褪せた神官の衣を身にまとったその男は、どこか懐かしい気配を纏っていた。

「……誰?」 ヴェルが警戒し、チムニーはまんじゃろの背に隠れるように立つ。
ホークは静かに目を細め、相手の気配を探る。

男は立ち止まり、静かに頭を下げた。

「神よ──お戻りになられたのですね」

その言葉に、場の空気が一気に変わる。

「おい……今、何て……?」 ヴェルが呟き、チムニーが目を丸くする。

「あなた……誰なんだ?」まんじゃろが立ち上がり、問いかける。

「私はザミエル。かつて、神の玉座の傍に仕えていた最後の神官……」 彼は目を閉じて深く頷き、続けた。

「千年前、神々の戦いの渦中、あなた方の両親──真の神たちは、迫る反乱の手からあなた方を守るため、我らに託したのです。
混乱の中、私と数名の忠義者が、赤子であったまんじゃろ様とランカ様を地上に逃がしました。
その際、記憶と力を封じ、ただの子犬として生き延びさせるしかなかったのです」

「俺たちの……親?」 まんじゃろの声が震える。

「その後、神々の国は堕落し、反乱軍の手によって支配されました。私はただひとり生き延び、この地でひっそりと暮らしながら、いつか神の紋章が再び目覚める日を待っていたのです。
……今宵、その時が来た」

「でも……それなら、なんで俺たちは“赤子”でここに現れたんや? この姿で拾われたの、せいぜい五年前くらいやで?」

まんじゃろの問いに、ザミエルは静かに頷いた。

「……あなた方は、時の封印に守られていたのです」

「時の封印……?」ホークが眉をひそめる。

「神々の最後の力をもって、あなた方は“時を凍結された繭”の中で眠っていた。
私が地上に送り出したのは、まだ生まれたばかりの神の魂……
その繭が解かれたのが、五年前──
チャガの民によって拾われた、まさにその時だったのです」

「じゃあ……あの時の“赤子”の姿も、全部計算されてたってこと?」
ヴェルが驚きながら言うと、ザミエルはうなずいた。

「神の命を守るには、時さえも閉じねばならなかった。それが……唯一の手段だったのです」

仲間たちは誰もが言葉を失い、ただザミエルを見つめていた。
ホークが静かに言う。「……全てが、繋がった」

まんじゃろは胸の奥から込み上げる感情を押さえきれず、震える声で言った。
「俺は……あいつを……ランカを、助けたい。そのためには、力が必要や。どうすればいい?」

ザミエルは頷き、懐から一枚の古びた石板を取り出した。

「あなたの力は、完全には目覚めていません。
封印された“記憶”と“心”を取り戻すこと……それが、鍵となります」

「この地に眠る三つの“神の欠片”──
それらを集めることで、あなたの記憶は一つずつ解き放たれていくでしょう」

「神の……欠片……」まんじゃろが呟く。

「まずは一つ。“忘却の神殿”へ向かいなさい。
そこには、過去を思い出すための“心の試練”が待ち受けております」

ヴェルが息を呑む。「また試練か……」

「しかし、今のままでは天界へは辿り着けません。
これは……避けては通れぬ道なのです」

まんじゃろは拳を握り、しっかりと頷いた。

「……分かった。絶対に取り戻す。俺の力も、ランカも──すべてを」

ザミエルは穏やかに微笑み、立ち上がった。

「その決意、しかと受け取りました。神よ、私の知識と祈りは、すべてあなたに捧げましょう」

こうして、神を支える“最後の神官”が、再びまんじゃろの傍に立つ。

そして物語は、新たなる章へと進み出す──。